20世紀から21世紀への変わり目に、日本社会は、なぜかくも狂言師・野村万之丞を必要としたのだろうか。写真集『萬歳樂』をめくるたびにこんな感慨が湧いてくる。1998年長野パラリンピッックの閉会式演出を前哨戦として、2001年に「真伎楽」および「マスクロードプロジェクト」をスタートさせて以降、アテネ五輪の聖火歓迎楽劇に至る万之丞の活躍には目を瞠るものがある。
東大寺・正倉院に遺された伎楽面を手がかりに23面を復元して平安初期に途絶えた伎楽を復元する「真伎楽」公演には韓国、北朝鮮、米国へと広がり、「萬狂言」は欧米数都市で上演された。さらには「怪談狂言」「女狂言」「復元・阿国歌舞伎」といった新ジャンル開拓が本年6月10日の死の直前まで続けられたのである。
伊藤美露が万之丞を撮り始めたのは米国在住時の2002年の「真伎楽」ワシントン公演から。「大きくゆっくり遠くを見る」を家訓とする野村家の八世野村万蔵を襲名すべく咲いて散ったこの客人(マレビト)最晩年の躍動を、そのデジタル写真は見事なまでに写し取っている。
巻末の「野村万之丞を語る」には、中曽根康弘氏(日韓協力委員会会長)をはじめとして各界から66人が文章を寄せているが、いずれも万之丞芸術への期待と哀惜とがにじむ。その理由は万之丞自身の言葉に明らかだ。「21世紀はアジアの時代といわれる。真伎楽はアジアとは何かを伝え、文化交流だけではなく、文化共有の時代の到来を告げるのである」(『マスクロードー幻の伎楽再現の旅』)。
日本を発し、シルクロードを経由して西方へと伝搬する文んか共有ことが、野村万之丞、伊藤美露、そしてこの写真集に関わったすべての人々の願いなのだと思う。
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